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20010629

気持ちのあちこちにごりごりごりごりとひっかかりのある人って、ホント苦手。
こっちの言葉がまっすぐに通っていきゃしないよ。
受け止めた結果、どうかえしてくれても構わない。でも、受け止める以前に ねじくれ曲げてしまうのは、やめてほしい。
いらいらかりかりイライラカリカリ
音が聞こえてきそうだ。
あなたの心はできの悪いハードディスクですか?と、暴言の一つも吐きたくなる。
一緒にいたり、言葉を受け取るだけでこっちまで気持ちが荒んでくる。
もらっちゃだめ、もらっちゃだめ
呪文みたいに自分に言い聞かせる。つい、つられて自分の中の荒々しい 気持ちのスイッチを押してしまいそうになるから。
もらっちゃだめ、もらっちゃだめ。

誰でも、心の中に相手をこっぴどく傷付けるような部分を持っている。
それは、しょうがない。
だから、そのことをわかった上で、自分はそうならないよう、そして無駄に傷つけられることはないよう、 自分の気持ちを守るしかない。


20010627

ERというドラマの中で、グリーン医師が「僕はどうやら人の悪い部分を引き出してしまうようだ」 というようなセリフを言っていたけれど、もしかしたら私もそうなのかもしれない、とちょっと最近思っている。
私は、人とあまり深くはかかわらないほうがいいのかもしれない、と。
深くかかわると必ず相手の地雷を踏んで自分も悲しい思いをして、相手の嫌な部分をたくさん見て。
どうしてそこまで私に嫌なところを見せられるの!?と不思議になるほど見せられ、へとへとになる。
それでも手を離さない私が、あまりにもバカなんだろうとは思う。
そして、礼儀正しさを失わないようにと必死につきあうと、今度は自分らしさがなくなる。
「これを言ったら地雷に触れるかも」「この態度はまずいかも」などと思いながら 先回りしてびくびくしている感じ。我を決して忘れない。
ものすごい、ストレス。
演じている自分が、痛々しくて滑稽だ。
そんな相手に執着して、一体どうしたいというのか。そこまでしてもそばにいたい相手だったのか。
本当は、もう自分の中で結論は出ていた。だけど、それを認めたくないだけだったんだ。


20010626

出たばかりの給料を握りしめ、美容院へ行った。
ひたすら座ること4時間。
雑誌は10冊くらい読んだし、髪の毛なんて4回も洗ってもらった。
ふぅ。
キレイになるのって辛抱が必要なのね。
パワーだ、パワー。
でも、まっすぐになった髪の毛はやっぱりうれしい。
でがけにどんなに必死に直しても、会社に着く頃までにはうねりまくる髪の毛が嫌で仕方なく なんだかみじめで、自分がボロキレにでもなったような気持ちがしていたから。
キチンと、修正してもらった感じ。
縮毛矯正のことをrepair(修繕)と言うのだけれどホントそうだよなあ・・・と思った。


20010625

昨日、スポーツジムに行くついでに図書館にも寄ろうと楽しみにしていたのに、 休館日だった。がっかり。ブックポストに返して、悲しく身軽になってからジムへ行った。

突然聴きたくなる曲って、ある。
CDは持っていないけど、レンタルしてきてテープに落としてあるものの中で。
昨日はミスチルの「ニシエヒガシエ」。
あのちょっと乱暴な歌詞が、好き。すっきりする。
この曲が主題歌になっていた「きらきらひかる」というドラマが大好きだったことも 影響しているのだと思う。
来月買う予定のベストアルバムにも入っているだろうから、 そしたら大音量で繰り返し聴けるな、と楽しみになった。

音楽って、それを聴いていた頃の自分にふっと戻す効果がある。
恋愛でしんどい時に聴いていた曲なんて、それからどれだけ経っていても未だに 胸がきゅっと苦しくなるのを感じるほどだ。音楽は力をもっているのだな、と実感するのはそんな時。
でも、服とかもあるなあ、と最近気が付いた。
あの人に会いに行った時に着ていた服。そういうの。もう2年くらい前のことでも、覚えている。
ジーンズとか、Tシャツとか。覚えてる。
その場面で、その服を着ていた自分のことを、はっきりと思い出すことができる。
気合いを入れたおしゃれをしていったわけじゃないのに、しっかり記憶に刻み込まれているのが不思議。

数回しか会ったことのない人から「白くて弱そうに見えるから、損してますよね」と 言われてちょっとショックだった。すいません、不健康そうで。でもこの顔色はもとからなの。
身体を動かすことが好きなようには見えないらしい。まあ、職場の人からも 「運動神経ないようにみえる。どんくさいよね」みたいなことを言われたし。
昔いた職場の人から「弱々しそうで、すぐに辞めると思った」と言われたこともある。
人から見られてる自分の姿っていったいどんななんだ・・・と少し不安になった。
ちょっとこれからは、「健康に見える」ことを目標に頑張ろうかな。といっても一体何を頑張ればいいんだろうか。
そういや不健康そうと言えば昔の工藤静香はそうだったよなあ・・・ガリガリに細くて顔色悪い、って 印象。今じゃ真っ黒にこんがり焼けてそしてお母さん。すっかり「たくましい」イメージに変更されている。
彼女が本来持つ芯の強さがきちんと外面にも出てきた感じだ。
私も黒くなればいいんだろうか・・・。
化粧をしながら「ファンデーションを黒めのにしたら健康的に見えるのかしらん」などとちょっと真剣に考えてしまった。


20010622

昨日の夜は、結婚して他県に行ってしまった友達と会った。
久しぶりの地元対談。いつものモスで。
仕事を終えてから彼女を呼び出し、集合。
彼女とゆっくり話したい時はいつもモスに行っていたから、なんだか 一人で行くのはさみしくて、ずっと行っていなかったのだ。
彼女が地元からいなくなってからまだ3ヵ月しか経っていないけれど、もっと長く感じる。
その間に、いろんなことがあった。
その度に、それこそ「地元のモスでお茶」する感覚でメールを打ち、彼女の言葉を求めた。
まるで隣にいるみたいに、彼女の言葉はすべてがしみたのだ。
遠くにいるのに、そばにいるみたい。何度も何度も読み返して気持ちが救われた。
昨日は、念願の生会話。
次の日の仕事のことはこの際ちょっと横に置いて、寝る時間の遅くなることなんて気にしないで、思う存分話をした。
新しい生活を楽しんでいる様子の彼女を見て、すごくうれしくなった。
やっぱり、できれば毎日心穏やかに、眉間にしわを寄せたりしないで過ごせるのがいい。 最近、本当にそう思う。

モスが閉まる時間になってもそのまま帰る気にはなれず、意味もなくコンビニの 店内をうろうろして、アイスやお菓子の新製品をチェックしたりした。
見ているうちにアイスが食べたくなり、胡麻アイスのモナカを路上で食べた。
モスでシェイクも食べたのにね〜なんて言いながら。
別れ際は、また当分会えなくなってしまうことなんて知らん顔で、触れないで、
彼女が近所にいた当時のように「じゃあまたね〜、おやすみ」と挨拶をして別れた。

3時間以上話しっぱなし。久しぶりにしっかり声帯を使ったせいか、家に帰ったら声がかれていた。
楽しくて、楽しくて。今朝は、きちんと仕事と自分の間に インターバルを置いたな、という実感があって、気持ちがとても軽いのを感じた。


20010621

最近、職場のそばにある大学の学食で時々お昼を食べるようになった。
でも、毎日持っていっている、発芽玄米のおにぎりもあって。
おーい、どうすんだ。
答え:おにぎりを前菜にして、学食で例えば、焼き魚定食なんかを食べる。
食べ過ぎなのでは?
と思いつつも、ま、発芽玄米は野菜みたいなもんだしな、と勝手な 理屈をこねて知らん顔している。
そんな食べっぷりを見た友達が「意外とたくさん食べるよねえ〜」。
わあ。
なんだかうれしくて、「えへへ」とにやけてしまった。
「よく食べる人」だと言われるの、夢だったんだ。
食が細い自分が、嫌いだった。
うれしいなあ。
もりもり食べる人でいたいなあ。
食べることを楽しみにできる胃袋を持ち続けていたいなあ。


20010620

朝、出勤前にインコのエサと、パン、キャベツを新しいものに交換する。
カゴにかけているふろしきをそーっとめくって、小声で「おはよう」。
それからいろいろとりかえて。
新しいキャベツを差し入れた瞬間、だだだっと走ってきて むさぼるように食べてくれる姿をみると、とてもやさしい気持ちになれる。
あげたものを受け取ってくれてありがとう。そんな気持ち。


20010619

毎日が必死。
こうやって必死に駆け抜けてたら、案外いらないのかも、あんなヤツ。
なんて思ったり、もする。
別になくしたら生きていけないような相手なんて、いないんだよな。
誰のこともいらないジャン。そんな気持ちにまでなってくる。
恋愛をしていてもそう思っていることが多い。
何日か会わない日が続くと、「あーこのままずっと会わないままで、二度と会わなくなっても平気かも」と思う。
思う気持ちが薄れていくのだ。
人への濃い思いの耐久時間が、短くなったというか。

会い続けていなかったら忘れるの。
だって、それ以外の日常の方が強いから。

恋愛って、もともとはまったく違う畑をもつ二人が、お互いの畑で育ったものを分け合ったり しながら、二人共通の畑を耕していこうとする作業かな、と思う。
私の友達が彼女の趣味の華道展に足を運んだり、彼女の好きな音楽を聴いたりしているのを見ていると、 恋愛してるんだねえ、としみじみ思う。彼は確実に、彼女の畑から受け取っているんだな、って。
私もそうやって、相手の世界をのぞいてみたいと思うほうだ。
でもな。
私って、相手に見せてあげられるような自分の世界って、持ってたっけ?
と、ふと疑問に思ったのだ。
私の世界って、なんだろう。相手が私を知ってくれようとして踏み込む場所って、 いったいどこになるんだ?
私は単なるちょっと本好きな、ちょっと文章を書くことが好きなだけの人間で。
相手と共有できたり、見せてあげられる場所なんて持ってないんじゃないか?
そう思ったら、とても自分のことがつまらなく感じられて、ちょっと悲しくなった。

なにかあげられるものがあればいいのだけれど。


20010618

去年の夏に高熱が続いた時以来、左耳の後ろにあるぐりぐりとしたもの。
生理前や、睡眠不足が続いて疲れている時にはそこが腫れて痛みを伴う。
最近は、その痛みや腫れを確認すると「あー今調子が悪いんだな」とか「ああ、 ちょっと休んだ方がいいな」と立ち止まる目安にしていたのだが。
それに、もう一つ加わった。
がーっと自分に精神的なストレスがかかると、ここが痛みはじめることに気が付いたのだ。
ストレスが健康に悪いっていうのは本当なんだろうな・・・とそんなところで 実感したりする。まるで身体中の細胞たちが口々に「痛いよう、痛いよう」「そんなこと するのやめてくれよう」と訴えているような感じ。
そしてその時は、身体が変な熱を持っているのがわかる。うーん、よくないな。
ここを痛くしないような生活をしていくことを目標にしたいと思う、できるだけ。
自分のしたいこととか、本当の気持ちとかをねじ曲げたり見てみないふりをしながら 過ごしすぎてしまうと、その影響はこうやってきちんと身体に跳ね返ってくるのだなあ・・・と思った。

恒例の足のマニュキュア塗り。
実は3ヶ月くらい前から両親指の爪が死んでいて、内出血もしていて みっともないのもあって、それを隠す意味もあって濃い目の色を塗っていたのだが。
今週は、ちょっとこの色を塗る元気ないな・・・
と思ったので血の塊が透けて見えてしまうけどいいや、ともう少し薄い色を塗った。
色に負ける、っていうのあるな、と思ったのだ。


20010615

今週もあと一息だ木曜日。
ちょっとヘトヘト。
でも、どうしても欲しい本があったので身体をひきずるようにして本屋に寄った。
あの本は今の私に必要だ
そんな、直感のようなものがそうさせたのだ。
買わないと後悔する、そう思った。
もうすでに図書館で借りて読んでいてあらすじも覚えている本なのに、 どうしてそう感じるのかはわからなかったけれど、とにかくそれに従ってみようと。
手に入れて、帰った。
上下二冊。
上巻は淡々と読み進んだのだが、下巻の途中から涙があふれてきて、 たまらなくなって、泣いてしまった。(あーあ、明日目が腫れるよ、と思いつつ)

そっか、私、
泣きたかったんだな。
そのために、この本が必要だったんだね。無意識のうちに、求めていたんだ。


20010614

なんだか、
自分を心身共に極限まで追い詰めてみたいような、
反対にどんどん楽な方へ逃げてぬくぬくと丸まっていたいような、
なにをどうしたくてどうなりたくてどうしようとしているのかとっ散らかっていてよくわからない。
ま、いい。
全てのことがきっちりと片付いていくわけじゃない。
放っておくことがあったっていい。
「なかったこと」にするのだって、ありなんだし。
どちらにも行けない今の状態が、苦しいのかな。
ニュートラルっていうのとはまた違うから。
本当は、どちらか極端に走りたいタイプなのかも、私って。

何かツライことがあったら、私は書いて書いて書いて書いて。ひたすら書いて。
出す出す出す出す。外に出す。とにかく。
それを今度は読む読む読む読む。何度でも読み返す。
友達に書いたメールも、まるでもらったもののように何度も何度も読んで。
そうやって、自分の気持ちを形にしたものを読むことで、客観的になれる場所まで 自分をもっていく。
これが、私の這い上がり方。

ああ、うまく言えないのだけれど、
やさしい人になりたいなあ。あったかい気持ちを持つ人になりたいなあ。
冷たいのはやだなあ。
言葉で、態度で、人をあたためられる人になりたいなあ。


20010613

私は、人のマイナス感情を見るのが好きだ。
と、書いてしまうとまるで悪趣味人間みたいで身もフタもないのだけれど。
でも、好きなのだ。見せられるとわくわくするのだ。
だから、私の人の好きになり方は「あばたはあばた」。
あばたもえくぼ、にはなり得なくて「あーこの人のこういうところがいやだ!」と 思いながらも、それもひっくるめてやっぱりつきあい続ける、という感じ。 だから、一度人を好きになると、なかなか嫌いに、というか縁を切れないんです。
「あーなんでこの人ってこういう行動をとるんだろう。どういう気持ちなんだろう」 とどんどんどんどん突き詰めて考えをめぐらす作業が、大好きで仕方ないのだ。
嫌な感情の露出はその人の生の部分が出てくることだから、キレイな感情を 見せられるより何倍も面白いし、わくわくする。
だから、人に嫌なことをされると、もちろん不快だし悲しいし腹も立つのだけれど、
「わーこの人ってこういう嫌なことをするんだ」と気持ちのどこかで面白がっている。
そういうところを見ることができると、密かに「ラッキー、いいところに居合わせた」と思ったりするほど。
そして、その人のどこが嫌なのか、その嫌さの元を探りたくて仕方なくなってしまう。
自分が人の、どういう部分を嫌悪するのか、一緒にいられないのかを しっかり見据えたい、そう思ってしまうのだ。
納得がいくまで追求したい。

また、人のマイナス感情に、自分の気持ちをそわせてみることも大好きだ。
「この人は、この時、どういう気持ちだったのか。そして、どうしてその気持ちになったのか」
突き詰めて、想像して。自分だったら・・・とそわせて。
小学生の頃から、犯罪モノのノンフィクションが大好きだった。
犯人の心理を描いたもの、分析したもの。
人の気持ちに、とにかく興味がある。
なので、いつでも退屈しない。人がいる場所なら。
「この人は今こういう気持ちなのかな」と想像しながらそこにいることが多いから。
人の内面を読むのが好きなのだ。本を読むみたいに。
自分の気持ちに対してもそう。ふっとやさしい気持ちになった時、 「あれ、どうしてかな」と、そのもとを探る。意地悪な気持ちになった時にも。
人からもらった言葉に、気持ちが動いた時も。
気持ちが動く、その瞬間を見逃さないでいたい。
いつも。
自分のも人のも。


20010612

お風呂から上がり、Tシャツ短パン姿でリビングを通ったら、母に「ほんとにやせたねえ」としみじみ言われた。
「お尻とかも薄くなってるし・・・」「そ、そう?」
と、半信半疑のまま寝たのだけれど、今朝、気合ジーンズ(便秘なんてしてたら 絶対はけないようなやつだ)を何気なくはいてみたらば。
おや、痩せてるよ。余裕ではいったよ、うれしいよ。
らっきー。
転んでもタダでは起きない。これをモットーに生きていこう、これからの私。
気持ちが痛くてご飯食べられなくても、すっと体重が落ちて洋服を きれいに着こなせるようになったらいいじゃないか。

昨日は帰りに薬屋に寄って、くせ毛用の寝癖直しを買った。
今度の給料が出たら、もう「美容院貧乏」になってもいいから絶対縮毛矯正するぞ。
うねる髪の毛、やんなった。
昨日なんてもう、一日中あっちこっちに飛び跳ねていて、水をつけても ムースつけても直らなくて、ずっとブルーな気持ちで過ごしたのだ。
髪の毛がうねっていると、なんだか気持ちまでねじくれてるような気がして、嫌。

まっすぐになりたい、いろんなこと。


20010611

いつまでも
避けてはいられない
そう思って、思い切って地雷を踏んでみた。
そうしたら、悲しいことがたくさん起こった。やっぱり。

つん、とつつかれたら時も場所も選ばずに涙が噴きだしてしまいそうだった。
自分でもコントロールができなくて、困る。
家にいるのもつらかったので、逃げるように図書館に行った。
自転車で行ったのだけれど、信号待ちで止まっているその瞬間にぼろぼろと涙が あふれてきて、慌ててそれを振り切って、必死の思いで行った。気持ち、救われたかったのだ。
本の前にいるとどうしてこんなに気持ちが静かになれるのだろう。どんな状態の時でも、 安心に近い気持ちになれるんだろう。
「自分は大丈夫だ」と根拠もないのに確信できるのだ。だいじょうぶだと。
順々に棚を眺めていったら、前から読みたいと思っていたものがどんどん見つかった、するすると。
総勢8冊。すごい。
ああ、これは絶対にごほうびだ、頑張れってことだ、と思った。
だって図書館、読みたい本があまり見つけられなくて、でも借りずに帰るのは くやしいから「妥協の本」を借りて帰ることだってたくさんあるし。
ここまで読みたいものがいてくれたというのは、絶対にごほうび。
しばらく図書館の穏やかな空気の中に身を置き、自分をまっすぐな状態に戻してから今度はスーパーへ行って 買い物をした。
レジのところで、ついいつもの習慣で、お金を乗せる場所のそばにある 値段表示を首をねじるようにして見ていたら、レジの女性に「あのね、これは新しい機械だから ここ(と、レジのキーの上にある画面を指して)にも値段が表示されるのよ、 こっちのほうが見やすいからこっちを見てね」と言われた。
そして「ほら、これね、こうやってそれまで打った履歴もちゃんと画面上でたどれるのよ〜 便利になったでしょう?」と、実際にやって見せてくれた。
「本当だ〜、すごい便利になりましたね!」「そうなのよーっていうか 今までが不便すぎたんだけどねっ(ちょっと小声)」「ははは、そうですね」と 思いがけず話が弾んでしまった。
あーこれも癒しだな、オバチャンありがとう、と思いながら帰ってきた。

あのさあ。(これは自分への呼びかけ)
動物には学習能力ってものがあるんだからさ。
あんた、もういい加減にしとかない?
もういいでしょう、自分のことこれ以上傷つけなくても。
剣山だらけのところに自分から飛び込んで、血まみれになることないでしょうが。
そうやって、母親みたいに自分をあきれつつ見守る自分の存在が気持ちのどこかになかったら、私はたぶん、 もうとっくにぶっ壊れていたことだろう。
ありがとう、心の中の母親みたいな自分。
と、思っていたら、本当の母親(って言い方が変だけれど)にも同じような ことを言われたのだった。
「この山は噴火する、ってわかってて火口に飛び込んでいくことないじゃん(おお、私よりも さらに表現が過激だ)。ここに行ったら 自分が傷つくってわかってるんだから、そっちじゃない道を行けばいいのよ」と。
自分がその人と一緒にいて、「あれっ」と思ったこと。傷ついたことから目を逸らさないで、 きちんと見つめて。「ここ、いやだな」と思った直感のようなものをきちんと 信じてそっちへ進んだ方がいいんだよ。そう言われた。

生きてたらそりゃあもういろんなことがあるけれど。
でも、自分の中にいつも「私の魂だけは、傷つけさせない」という思いがきちんとあれば、 幸せになれるんじゃないかな。最近、そう思うようになった。


20010608

スターバックスのスコーンにはまった。
メープルナッツスコーンが大好き。
朝やお昼休みにいそいそと買いに行き、ずらりと並んでいるそれらを見ると 幸せすぎて全部買い占めたい衝動に駆られるほどだ。
そこをぐっとこらえて(当たり前だ)1つを大切に紙袋に入れてもって帰る。
もぐもぐ。
あーおいしい。なんでこんなにおいしく感じるのだろう。
もぐもぐ。
会社の人が、仕事がてんぱると「スタバ買ってくる!」とダッシュして キャラメルマキアートなどを買ってくる。とにかく猛烈に飲みたくなって、 飲むと気持ちが落ち着くのだそうだ。カフェインなのに、不思議。
「もしかしてスタバのコーヒーには中毒になるような成分が入っていて、 やめられなくなるのでは・・・」なんて冗談で言っていたくらい。
私のスコーンも、似たようなものかも。すでに3日連続で食べている・・・ 食べたいものは?と聞かれても今はスコーンしか思い浮かばないところがおそろしい。
でも、コーヒーが飲めない私は、みんなのようにスタバを楽しみにはあまり できなくて、今までつまらなかったのだけれど、スコーンにはまったおかげで 「スタバに行かない?」の一言が言えるようになったのでちょっとうれしかったりするのだ。
なんせ、スタバに行ってアイスティーだのホットミルクだのココアを頼んでは、
「ここにきてその注文はないでしょう〜」と一緒に行った人に言われてしまう私 だったので、それよりは堂々と(?)行けるかな、と思って。

スタバ中毒の彼女との合い言葉は「癒しのスタバ行かない?」になった。
癒しのコーヒー、癒しのスコーン。


20010607

突然ですが、
結婚の最大の利点は(       )である。
結婚の最大の欠点は(       )である。
このカッコを埋めてください。(昨日の「ウンナンのホントコ!」を見たことが バレバレ)

・・・どうですか?埋めましたか?
私も考えてみました。
結婚の最大の利点は(好きな人と生活を共にできること)である。
結婚の最大の欠点は(自分の一番嫌な部分まで好きな人に見せてしまうこと)である。

そういえば、友達に「○○ちゃんは、自分で思っている以上に結婚願望が強いと思う、いい意味で。 相手に養ってもらうとかそういう意味じゃなくて、恋愛しているよりも 一緒に生活して、その中で恋愛していきたい、って人な気がする」と言われた、この前。
うーん、合ってるかもしれないや。
好きな人ができると、一緒にどこに行きたいとかなにをしたいとかいう思いではなくて、 一緒に生活の中のささやかなことをしてみたいな、とふっと思うから。
なんでもない日常をそばで過ごしたいな、と。


20010606

浮上する方向にせよ、沈下する方向にせよ、自分の気持ちが大きく揺さぶられるということは 結局、その人に対して思いがあるからだ。
それは、どんなに強がってもごまかしはきかない。
心臓のバンジージャンプ、または逆パンジー。
そういう時の気持ちは、私を振り回す憎いアンチキショウ、という感じだけれど、 自分の心の健やかさを実感できたような気にもなるからけっこう好きだったりする。
だけどそういう、揺れる気持ちが誰に対してもなくなったら、ああ、今の私は 本当にくたびれきっているんだなあ、と自覚する。

そんな時は、大事な友達や好きな人に会ったりできない。
自分の気持ちの内臓部分を引っ張り出してくるパワーがないから。
だから、皮膚部分だけでつきあえる、それこそ職場で少し話すくらいの相手と一緒に 居たほうが、逆に楽に感じられたりする。不思議だけど。
たぶん、疲労した内臓に目をやらないですむからなんだろうな。
表側だけ、健康なフリするのが簡単だからだろうな。

20010605

朝の読書はいい。
頭の中に、するすると入ってくるような気がする。
自分と本と。間を邪魔するものはなにもない。
眠気も、よけいな思考も。

この時間が大好きだ。
これから暑くなってくることだし、もっと、早起きしようかな。
そして、本を読もうかな。


20010604

週末、足の指のマニキュアを落とし、また塗りなおす。
ほとんど剥げたりしてなくて、もう一週いけそうだな、と思っても 塗りなおす。
いつの間にか、月曜日をむかえるための儀式のようになった。
塗りながら「今週も始まるよ、明日から一週間だよ」と 自分に言い聞かせている気がする。
マニキュアと一緒に、気持ちも塗る。

隣の区の図書館に行ってみた。
まるで砂漠の中で水場を求めるような気持ちで、家から行けそうな範囲の地図を 必死に調べて見つけたのだ。
私が住んでいる区の図書館は揃っている本が魅力的ではなく一度で通う気が失せていて、 その上職場のそばにも図書館のない暮らしがかなりこたえてきていた。
昨日行ったそこも、見るからに「しょぼそう」な外観だったので まったく期待せずに入ってみたのだが。
ところがどっこい、繁盛(活気がある)しているじゃないですか。
本の冊数自体はかなり少ないのだが、揃っているものがツボを抑えてくれている というか、私が読みたいと思っていたものがちょうどどんどん見つかって、うれしさの あまり小さく「やった・・・」とつぶやきながらどんどん手に取っていった。
こういう時の私の集中力はすごい。
本棚をなんとなく眺めているだけで、読みたかった本の方からきちんと 目に飛び込んできてくれるような気がするのだ。そこだけ、題名がくっきり 見えてくるような。だから、私の借りる本選びはかなり速い。
久しぶりに感じた、単行本5冊分の重み。
ほくほくしながら帰った。


20010601

我が家で元気なのはインコだけ。(あとの二人は低空飛行)
もりもりエサを食べ、ぐうぐう眠り、そしてかまってほしいと カゴから飛び出てきて自己主張する。
愛情を確認すると満足してまたカゴに戻り、ほわーっとしている。
そんな姿を見ていると、生きていくことなんてほんとにこれくらい シンプルでいいはずなんだよな、としみじみ思う。
健やかってきっと、こういうこと。
なんかよくわかんないけどやりたいからやってるだけ。自分の欲求に正直に。
欲しいものは欲しいし、飛び出してでも受け取りに行くんだ。
難しいことなんてない。
食べることも、眠ることも、愛情を求めることも。
自分がなりたい姿は本当はこうなんだな、という、普段忘れかけている気持ちを 思い出してなんだかほっとする。
こういうのも、癒しかな。


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